DTMの世界では、昔は手も出ないくらい高価だった機材たちが、今では学生でもバイトを少しするだけで買えそうな金額まで下がっています。定価では高い音源やプラグインも、お決まりの年次セール期間には半額以下で売られることが大半になっています。
初心者が最初に迷う「機材の使い方」などは、結構な範囲までYouTubeを見れば対応できますし、それ以降は自分で対応できるようになっていることでしょう。DTM系の日本語YouTuberを見れば、初心者向け機材の解説や、セール情報ばかり発信しています。結果として、「ツールの操作を知っているだけの人」の市場価値はほぼゼロになっています。
一方、ゲームチェンジャーとしてAIの存在を考えている人たちは、プラグインの挙動がAIによるものをなんとなく利用し始めているため、古典的な原理動作を知ることなく、手軽に問題を解決できたと思っていることでしょう。
こんな世の中では、過去に有益だった「情報知識」や「ソフトウェア」といったものの価値が暴落しています。中には、「音楽教室なんか行かなくても、YouTubeの情報で十分じゃね?むしろ、そっちのほうが詳しいわ」と思う人が多いのではないでしょうか?実際問題として、この指摘はおそらくチェーン店系の音楽教室では合っているとは思います。要するに、「自分でYouTubeで学べない人、それでは分からない人が実際の音楽教室に行っている」と思われているように感じます。
では、暴落しないで今後も生き残る、DTM関係の価値とはなんでしょう?
私は、その人間に備わる音楽基礎力だろうなと思います。いやむしろ、現在は価値は跳ね上がっているようにも思います。AIが提示してきた無数のメロディやフレーズ、プラグイン設定の中から「どれが本当にグルーヴしていて、聴き手の心を動かす音か」を選別・判断するのは、最終的に人間の「耳」と「身体のリズム感」です。当アトリエでは、一貫してこれを養ったほうがいいよというスタンスを行っています。おそらくここから数年経ったとしても、こういうちからを養い、自ら選択し、作り上げた音楽制作全体が、すべて無に帰すことはないと思っています。AI自体は、法整備等を経て、きっとどこかでがっつり使っているでしょうけどね。操作方法や打ち込みのテクニック(ベロシティの微調整など)は後からいくらでも付け足せますが、「どういう音を配置すれば音楽として魅力的になるか」を判断する耳や感覚そのものは、基礎力なしには鍛えられません。
みなさんはどう思われますか?